·
アメリカの研究者の時間の使い方
楠見 孝
1997年4月から1998年2月までの10ヶ月の在外研究で、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のGibbs研究室、ロサンゼルス校のHolyoak研究室で研究をする機会を得た。そこで身近に接した研究者たちの日々を書こう。
- ティーチング 朝は、9時から10時までに登校している。毎日大学に来ている人が多い。9時から授業のあるRobert Bjork先生は、10分前には教室に入り、OHPの準備をしながら、学生と雑談している。マグカップにコーヒーを入れて教室に持参する先生も多い。Fox
Tree先生は、バナナを持ってきていた。学生もパンやクッキー、コーヒーを飲食しながら授業を受ける学生もいる。しかも学生は予習をしてきて、質問し、熱心に授業に参加している。
学部の大クラス授業には、ティーチングアシスタント(TA)が1-2名出席している。彼らの役割は大きく、授業に関する準備だけではなく、大クラスを分割した演習を担当して、討論をリードする。また、オフィスアワーには学生の質問に対応し、レポートや小テストの採点も受け持っている。これは、教員にとっては大いに時間の節約になる。また、大学院生にとっては、ティーチングの訓練と授業料免除を得るメリットがある。一人の授業負担は90分授業を週2回くらいが標準だろう。
- リサーチ 昼休みには、ブラウンバックセミナーがほぼ毎日行われている。UCLAでは、月曜は認知科学、火曜は認知神経科学の最新論文を紹介する読書会、水曜は健康心理学、木曜は社会心理学、金曜は、学習心理学というように、食事持参で参加する研究会がある。発表者は、教員であったり、他大学の訪問者、大学院生であったりで、ほぼ1時間で終わる。ときにはつまらない発表もあるが、食事をしていたと思えば、損をした気分にはならない。メーリングリストで案内がくるので、内容によって参加を決めている人も多い。また、一部の研究会では、無料で、サンドイッチや飲み物がでる。昼食はハンバーガー、ピザのような軽食で済ませる人が多い。中には食事に行く時間がなくて,研究室の机のなかにパンを入れておいて、おなかがすいたら食べている人もいる。
研究室ごとのゼミは、ラボミーティングといい、教員、大学院生が集まる。Holyoak研究室のラボミーティングには同僚のHummel助教授も参加しているし、さらに、プロジェクトに参加している他の研究室の院生や、AIや脳科学の院生もきている。
Gibbs先生は、毎週同じ時間に1時間くらい学生や共同研究者と個別に討論する時間をとっていた。私にも時間をとってもらったが、刺激的で楽しい時間だった。
実験は、教員の指導の下で、大学院生あるいはバイトで雇われた学部生が、朝9時半ごろ;から5時ごろまで、学生被験者を実験室につぎつぎよんで実施している。学部生は、実験に参加することで、授業のクレジットをもらうことができる。
大学院生は、授業の受講でもとても忙しい。たとえば、 Bjork先生の「記憶」の週2回の講義は、分厚い論文のコピー集の予習が義務づけられ、1学期にクイズ(30分くらいの論述式小テスト)が3回、自由テーマレポート、ファイナル(学年末試験)がある。またセミナーでは発表順番が回ってくる。さらに、博士論文の提出資格を得るためには、論文試験、口述試験があり、その準備もしなければならない。一方、TAやリサーチアシスタントによる授業料の免除をうけることができれば、日本のように、アルバイトに時間を費やす必要がない。
アメリカでは7時くらいには帰宅する人が多い。日本は夜遅くまで大学に残っているけれども。
- 週末 金曜や土曜の夜は、大学会館で、映画を見たり、スポーツを見にいったり、ホームパーティがあったりする。Holyoak先生のロサンゼルス近郊の太平洋が見はらすプール付きの家をおたずねした。こんな家で暮らせばリフレッシュできるだろう。一方、Gibbs先生は、学内の分譲住宅に住み、土曜日にも夏休みにも大学に来て本の原稿をひたすら書いていた。アメリカでもハードワーカーはいる。もうひとつ、Gibbs先生もHolyoak先生もヨーロッパにシンポジウムなどに招かれてよく出かけていた。しかし、授業は休講にしないようにしていた.
- 帰国後 日本に帰ってから、アメリカでのやり方を取り入れてみた。学生と個別に討論する時間を毎週もうけたり、ブラウンバックセミナーや昼食をとりながら打ち合わせをするようになった。文書はできるだけ速く読み、すぐに処理するようには心がけている。それでも机の上は片づかない。Gibbs先生もHolyoak先生も、狭い部屋の机の書類は山積みだった。2人とも、授業、学会、論文執筆でいつも忙しそうだった。秘書もいないから整理する暇がないのだろう。こうした忙しさや設備(個人研究室の広さやコンピュータなど)は、日米とも大差はない。しかし、研究の刺激となる時間の密度の差は、大きいことを痛感している。
日本発達心理学会ニュースレター掲載
Return