楠見 孝 (1996)  シンポジウム「知識の自己組織化」,
日本心理学会第60回大会発表論文集,S97
 

類似性に基づく記憶の自己組織化
- アナロジー,メタファ,デジャビュ -

楠見 孝 (京都大学 教育学研究科)

キーワード:類似性,記憶,知識,類推,比喩,既視感


 1.類似性に基づく記憶の自己組織化
本発表では,記憶の自己組織化が事例間の類似性に基づいていることを,アナロジー ,メタファ,デジャビュ(既視感)現象に基づいて検討する.これらの現象は,ある対象 を認知した時に,現前にない類似事例を長期記憶から検索する過程が支えていると考え る.
 人の記憶における事例の表象は,類似経験の蓄積や抽象化を経て,[原経験→事例→典 型例→規則→モデル]というように,異なる水準で組織化されていると考える.[原経験 ]では,個別情報が詳細に表象されて,時間経過や類似経験を重ねることによって[事例]として組織化される.さらに,[事例]は類似性に基づいてカテゴリ化されて[典型例]が形 成されるとともに,詳細な個別情報は消失する.そして,帰納や抽象化が進むと,知識 において[規則][モデル]として組織化される(e.g.,楠見,1995:AI学会第32回知識ベース システム研究会)


 2.アナロジーを支える類似性に基づく自己組織化
 人の記憶メカニズムは,新しい経験(目標領域)に対して,類似した過去経験 (基底領域)を想起させる(:"ウエストサイドストーリー"をみて"ロミオとジュ リエット"を思い出す).アナロジーにおける長期記憶からの基底領域の検索は, 事例間の(組織化された)特徴・関係・構造の類似性に関する形式的制約だけでな く,文脈や目標に関する実用論的制約が支えている.
 アナロジーの検索プロセスにおける類似性の役割を4段階に分けて考えると,( 1)基底領域の検索においては目標領域との知覚的な表面的類似性の役割が大きい. 一方,(2)基底領域から目標領域への写像や,(3)構造的対応,関連性,妥当性の評価, (4)原理を抽出し貯蔵する段階では,(階層や因果などの)構造的類似性,さらに (目標や文脈の関連性などの)実用論的類似性の役割が大きい.(1)の検索段階は, (2)以降の段階に比べて,自動的な過程と考えられる(e.g.,Gentner,1989; Thagard, Holyoak, Nelson, & Gochfeld, 1990).一般に,(1)の事例の検索段階では, 表面的類似性に基づく想起の方が構造的類似性に基づく想起よりも容易である. すなわち,アクセスしやすく,認知的負荷が小さいためである. 一方,おもに(2)以降の段階における関係的,構造的類似性の評価は認知的負荷 が大きいと考えられる.とくに,(時間経過や処理において)初期の事例表象は,豊富な 特徴情報と知覚的情報,入力時の文脈情報をもっているため,表層的類似性に基づく検 索が容易である.しかし,表層的類似性に基づいて検索した基底領域は,実際の予測や 問題解決において誤りを導くこともある(e.g.,Gentner, 1989)


 3.メタファを支える類似性に基づく自己組織化
メタファは,非類似な対象間に類似性を発見する表現である(:"心は沼だ").これ は,主題""<>で代表される{どろどろしたもの}カテゴリに入ることを述べる類包含 陳述と見なすこともできる(Glucksberg & Keyser,1990).このようにメタファは,ある 類似性に基づいて,対象を結びつけたり,カテゴリを組み替える.これは,対象間類似 性が文脈状況によって変化することは,すなわち,知識が柔軟に組織化されていること を示している(e.g.,楠見,1995:風間書房)


 4.デジャビュを支える類似性に基づく自己組織化
 デジャビュは記憶異常現象では なく,一般大学生でも72%が経験している(楠見,1994:認知科学会大会).場所のデジャ ビュを引き起こすのは,並木道,古い町並み,公園が多い.こうした光景はどこも類似 しているため,事例の反復に基づいて典型的光景が形成される.典型的光景は,眼前の 光景とマッチングしやすいため,既視感を引き起こすと考えられる(典型事例は虚再認 を起こしやすい).さらに,既視感を起こした光景と原経験の結びつきは,知覚的手が かり,雰囲気,天気,気分などの全体的な類似性によって支えられている. これらは,記銘時と検索時の物理的環境や心理的環境の類似性が検索可能性を高める, 環境的・感情的文脈依存記憶現象として説明できる(楠見,1996:発心) 


5.まとめ:3つの現象を支える類似記憶構造
本発表では,アナロジー,メタファ,デジャビュを,類似性に基づく記憶の自己組織 化メカニズムで統一的に説明することを試みた.アナロジーやメタファは,眼前の対象 と一見非類似でありながら類似性をもつ対象を長期記憶から発見するプロセスである. また,デジャビュ現象は,現前の光景と類似性の高い光景を長期記憶から検索するプロ セスである.これらは,人の記憶が事例を類似性に基づいて自己組織化していること, さらに,人は,類似性認知において,柔軟で文脈依存的に,少数の顕著な特徴や関係に 適切な重みをつけて,事例が同一でなくても近似例を検索することに優れているためと 考える


文献

楠見 孝 2002 メタファとデジャビュ 特集「メタファー:古くて新しい認知パラダイムを探る」月刊「言語」,7月号,32-37.

楠見 孝 2002 類似性と近接性:人間の認知の特徴について 人工知能学会誌,17巻,1号,2-7 [PDF]


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