書評

 

吉田俊和廣岡秀一斎藤和志編著

学校教育で育む「豊かな人間関係と社会性」心理学を活用した新しい授業例 Part2

2005,明治図書)

 

社会心理学研究を生かした中学校授業実践

 

 

1 はじめに:教育実践書を手に取る

本書は、2000年度から名古屋大学教育学部附属中高等学校との共同研究で行われている「ソーシャルライフ」という授業プログラムに基づくものである。この授業プログラムは、中学生の「人間や社会について考える能力」を刺激し、社会志向性や社会的コンピテンスを高める教育実践である。この教育実践の最初の報告は同じ著者の編著(吉田・廣岡・斎藤,2002)として出版されており、本書はその姉妹編にあたる。いずれも教員向けの教育専門書シリーズ『21世紀の授業づくり』として出版されているため、研究志向の社会心理学者がこれらの本を手に取ることは少ないかもしれない。しかし、本書は、社会心理学者が、人間や社会に関する心理学の知見を、どのように中学校の授業づくりに生かし、生徒の心を育てるのかについて考えるきっかけになる本である。

本書は、8つの章からなり、1章から6章において、12の授業例が掲載されている。これらの章の導入部分では心理学的背景がまず述べてあり、つづいて、2または3つの授業例が続いている。授業例は、目標、準備する教材(配付資料)、内容と展開が記述されており、教師の授業実践に役立つようになっている。さらに授業例の最後に、「こんな効果が期待できるかも」として、読者である教員が、自ら考え授業を発展させる手がかりが示してある。それに続く、コラムでは、関連する心理実験の具体例が紹介されている。したがって、心理学を専門としない教員の読者は、心理学に関する知識や考え方を、知ることができ、一方、心理学者は、これらをどのように、中学生の問題解決に関連づけて教え、中学生が自ら考えることを育てるのかを知ることができる。

 

2 本書の構成:社会心理学を活用した中学校の授業

 序章[「人間」や「社会」に対する関心を高める教育実践](斎藤和志)は、「本授業プログラムがめざすもの」として全体の中の位置づけや日常生活に基づく問いによって、読者を各章に導いている。「社会性を育むための授業へ向けて」では、Part1にあたる姉妹書(吉田・廣岡・斎藤,2002)が「自分や身近な他者」に焦点を当てたのに対し、本書は「他者の理解から集団、社会の理解へ」を目指していると両書の関係を述べている。

 T[「他者(ひと)」の立場で考える](小池はるか)では、「自分や身近な他者の理解」のために、心理学的背景として、「やさしさ・思いやり」が求められている背景から始まり、共感性から他者の存在を意識し、その立場に立って推測することの重要性を指摘している。そして授業例「目の前にいない人の存在まで意識する」(主人公の迷惑行動から影響を受ける人を考える)と「他者の立場に立ってみる」(5コマ漫画課題、三ツ山の課題)を紹介している。

 U[「まとまり」として見る心](小川一美)では、心理学的背景として、認知的倹約家としての人について述べ、知覚群化から人のカテゴリ化の問題を取り上げ、授業例[「まとまり」として見てしまう](知覚群化)[いろいろな「まとまり」に属する私][人によって「まとめ方」は違う:あの有名人も自分と同じ「まとまり」!] (対人認知)を紹介している。

 V章 [「グループにすること」と「グループになること」のメリット・デメリット](出口拓彦)では、心理学的背景として、「まとまり」として見るステレオタイプ認知を認知的倹約と位置づけ、「まとまり」を使って気持ちよくなる(栄光浴)、「みんなが考えている」と安心(フォールスコンセンサス)の現象を取り上げている。授業例として[同じ「まとまり」の人はみんな同じ?:ステレオタイプに基づいた考え方][積極的に「まとまり」を利用する][自分の意見はみんなの意見?] (フォールスコンセンサス)の3つを提案している。

 W[「グループ」のなかで活動するとき](坂本剛)

は、心理学的背景として、「グループ」現象である、内集団、外集団を取り上げ、同調における情報的影響と規範的影響、さらに、集団極性化を取り上げている。そして、3つの授業例[「自然に」まわりの人にあわせる現象][友だちには受け入れられたい:同じような意見の人だけで考えてしまうと](同調行動)[グループになることで、ものの見方や行動が変わる](内集団と外集団)を説明している。

 X[ゲームで学ぶ協力行動](石田靖彦)は、心理学的背景として、囚人のジレンマの話題から、日常場面でのジレンマ状況をどのように解決するかについて述べ、授業例[二つじゃんけんゲーム:実施編、解説編](囚人のジレンマゲーム)、そしてコラムでは、「社会問題」のシミュレーションゲームとして、エコプラントゲーム、廃棄物処理ゲームを紹介している。

 Y[新しい授業へ向けてのQ&A](廣岡秀一)では、著者たちの一連の実践やそれをまとめた前述の姉妹書に寄せられた12の主な疑問について回答している。いくつを取り上げると、この授業は、小学校高学年から大人まで実施可能であるということ、総合的学習の時間に実施できるということ、道徳教育とは異なり、社会的事実を提示し、生徒自身の「考える能力」を刺激し、社会的コンピテンスや志向性を高めることを目標としていること、構成的エンカウンターや社会的スキルトレーニングが改善ポイントを絞った取り組みに対して、自ら考える力を養うという点をねらいとしていることが述べられている。また、学力との関係については、本書が目指す「考える志向性」は学力にとって重要であり、さらに、「コミュニケーション能力=社会性」は社会に出てからも重要であると述べている。こうしたQ&A形式は、新しい授業を実践するものにとって、疑問を解消し、実践に自信をもつためにとてもよい試みである。

 

3 授業実践の効果研究の難しさ

終章[「心の教育」としてのソーシャルライフ](吉田俊和)では、総合的学習に対する「学力低下」批判に対して、学力の充実と自分で考える力を育てることは、車の両輪のようにどちらも大切と位置づけている。また、教育効果に関しては、心理尺度(共感性、社会考慮、社会的スキル、道徳性など)を実施しても明確な結果が得られておらず、授業感想でも12回の授業では意図しているような効果が現れていないことを指摘している。そして、長期の日記形式による個人の内省力を見るためのワークシートの活用を示唆している。Q&Aの章においても、日常生活での効果について、教師や生徒の声からはポジティブな感想が多いこと、しかし、対照群の設定の難しさもあり、客観的な効果測定による明確な結果は得られていないとしている。

評者自身も批判的思考力育成の授業を大学で実践しているが、半期の授業の事前事後では態度や能力の尺度の変化は大きくはない。したがって、こうした効果研究の難しさに関する率直な記述には、共感を覚える。しかし、教育実践研究として論文にまとめるためには、効果測定の問題は避けて通ることはできない。一案としては、一般的な態度や能力尺度だけでなく、授業実践に即した適切な尺度や課題を設定することが考えられる。しかし、教育実践の成果が、狭い領域で測定できたとしても、その実践としての意義は小さい。一方で、授業後の長期的な効果や広範な領域への波及効果を取り扱う場合には、授業以外の要因が入り込む点が難しい問題である。

4 心理学に基づく中学校での教育実践の展開

大学の心理学教員が、連携をはかるために中学や高校で心理学の授業をする機会が増えてきた。評者自身も昨年、中学生に対する授業をおこない、専門用語を使わずに、背後にある理論的な考え方を説明することの難しさを痛感した(楠見,2005)。本書は、授業を準備する際に、大変参考になった。他にも、心理学を活かして中学生に授業を行う実践は広がりつつある。たとえば、『心理学ジュニアライブラリ』全9巻における吉田(2002a2002b)は社会心理学的視点、三宮(2002)は認知心理学的視点で書かれた良書である。このシリーズ内の他の本も非常に参考になる。

こうした心理学を活用した中学校における授業実践は、本書のように、新たな授業科目や総合学習としておこなう方法と、通常の教科指導の中で行うことが考えられる。たとえば、以下の科目では、次のように心理学と関わりを持つ形で実践が可能である。

国語:人の気持ちの理解,言語と人間

数学:統計,論理,問題解決

社会:社会の仕組み,歴史における人間行動理解

・理科:生物としての人間,学習,進化,遺伝

・美術・音楽:熟達化、創造性,作品理解

・体育:熟達化、集団とリーダーシップ

英語:異文化の理解、言語と人間

また、進路指導では、自分の特性の理解、特別活動においては、それに加えて、チームワークの理解につながると考える。本書で紹介されているような新たな授業の枠組みによる指導と従来の教科指導や教科外活動をどのように結びつけるかは今後の課題である。

 

5 まとめ

本書は、社会心理学の成果や考え方を、中学校の授業においてどのように生かし、生徒たちに伝えるかを知ることができる。さらに、教育をめぐる社会問題(非行、学力低下、フリーターなど)の解決を学校を通して行う際の手がかりを与えてくれる。すなわち、本書は、読者を心理学による授業改革,教育改革の実践に導くものといえる。

 したがって、本書は、中学・高校の教員とその連携を考えている大学教員にとって、とても有益な本である。さらに、人間関係や社会性の発達とその教育実践研究に関心のある社会心理学者にとっても、社会心理学の成果をとらえ直し、今後の研究を考える上で、非常に重要な本である。

         

引用文献                                  

楠見 孝 2005 心理学とは何だろうか:心の働きを科学的に知る(京都大学中学生対象ジュニアキャンパス)PDF

三宮真智子 2002 考える心のしくみ:カナリア学園の物語(心理学ジュニアライブラリ4) 北大路書房

吉田俊和・廣岡秀一・斎藤和志(編著) 2002 教室で学ぶ「社会の中の人間行動」:心理学を活用した新しい授業例(21世紀型授業づくり48 明治図書

吉田寿夫 2002a 人についての思い込みT:悪役の人は悪人?(心理学ジュニアライブラリ5) 北大路書房

吉田寿夫 2002b 人についての思い込みU:A型の人は神経質 (心理学ジュニアライブラリ6) 北大路書房

 

楠見 孝(京都大学)

 

(社会心理学研究,22,,2006掲載