遠隔教育セミナー(九州大学)                                                     2001.3.23

3次元マルチユーザー仮想環境を利用した外国語教育の効果測定                              

 

 

楠見 孝・子安増生(京都大学大学院教育学研究科)

松井啓之(京都大学大学院経済学研究科)

 

要約 本研究では,ネットワーク上の3次元マルチユーザー仮想環境(MUD:MultiUser Dungeon)の利用した外国語教育が,コンピュータを利用した外国語コミュニケーション能力や学習者のモチベーションに及ぼす教育効果を分析した.方法は,大学の英語またはドイツ語の受講学生計59名が,コンピュータ上の仮想環境教育システム(3D-IES,野村総合研究所)において自分のキャラクター(アバター)を設定し,他の受講者との自由会話,即興劇,ディベートなどを通して,外国語の学習をおこなった.各受講者の発言数,テスト成績,性格特性(シャイネス),コンピュータスキル,および授業評価やシステムのユーザビリティ評価などをあわせて測定された.結果は,学習者特性と授業評価の関連では,外向的性格でかつコンピュータスキルの高い学生ほど,授業参加へのモチベーションが高く,仮想環境における発言数が多かった.また,発言数が多いものほど,受講前と受講後の成績の伸びが大きかった.さらに,教授法とシステムの改善に役立てるための教育効果の測定法について検討した.

 


 

マルチユーザー仮想環境(MUD:MultiUser Dungeon)を用いた外国語学習には,3つの利点が考えられる.第1に,学習者は,自分の分身であるキャラクター(アバター)を自分で設定することができる.したがって,学習者は匿名性が保たれるため,失敗を怖れずに積極的に会話することができる.したがって,現実では積極的な発言ができない内気な学習者にとって効果は大きいと考えられる(たとえば,足立,1998).第2に,リアルな場面と登場人物の役割を柔軟に設定でき,その経験が現実場面への転移を促進すると考えられる点である.これは外国語学習のパタン練習からコミュニカティブなアプローチへの転換に合致するものである.第3は,教室という場を越えて,遠隔地の学習者や他国の人とも協同学習が可能であり,さらに,コンピュータを通したコミュニケーション能力の育成に役立つ点である.

近年,MUDを用いた教育実践は,アメリカでは小学校などで行われているが,その教育効果の測定は計量的,組織的には行われていない.日本では,大学の外国語教育において鈴木(2000,2001)らの実践が始まったばかりである.

そこで,本研究の目的は,第1に,ネットワーク上の3Dマルチユーザー仮想環境を利用した 外国語教育が,コンピュータを利用した外国語コミュニケーション能力,さらに,広く外国語 能力や モチベーションに及ぼす教育効果を分析すること,第2

に,学習者に対して,授業の内容や満足度評価,  システムのユーザビリティに関する評価を求め,教授法とシステムの改善に役立てること,第3に,教育効果の個人差を学習者の性格特性である内気さとコンピュータスキルに基づいて分析し,学習者に適応的な システムの可能性について検討することである.

 

                   方 

 

  参加者  九州大学,英語38名(前期22名と後期16名),ドイツ語21名(通年) 合計59名 本システム利用学生.

手続き 3Dマルチユーザー仮想環境(3D-IES,野村総合研究所)を用いた外国語授業を,英語は半期,ドイツ語は通年,実施した.

参加者は自分のキャラクター (アバター)を設定し,相手との自由会話,ディベート,ゲーム,即興劇などをおこなった.

英語に関しては学習者に対する事前と事後成績測定(SLEP:読解力テスト)を実施し,ドイツ語に関しては,小テストを毎回実施した.なお,両クラスとも毎回の授業においてコンピュータ上での発言数を記録し,最終回には,授業形態等の評価アンケート及び個人差特性(シャイネス尺度25項目[例:人前にでるときが動転してしまう]および  コンピュータスキル項目5項目[例:電子メールをよく利用する](坂元ほか,2000)の測定を5段階評価(1:あてはまらない−5:あてはまる)でおこなった.

 

 結  果

 

学習者の授業評価 授業の形態に関する肯定的および否定的評価に対して,「あてままる」と「やや

あてはまる」と答えた学習者の比率を表1に示す.肯定的評価は大多数を占めている.授業への動機づけが高い.そして,仮想世界の登場人物になることによって,「間違っても恥ずかしくなく」,「積極的に会話ができる」と評価していた.否定的な評価は,「会話の内容」や「実際の英会話」「コミュニケーシン能力向上」についての要求に関するものである.これは,音声面でのシステムの改善や「他国の人」「ネイティブ」とのやりとりを学生が求めていること関わっている。

 

表1 学習者による授業評価(N=42,37)

肯定的評価(YES回答比率)

これまでにないタイプの授業であり,毎回楽しみである.   86%

休まずに出席しようという意欲が起こる授業である.     79%

相手や周りの人が誰か分からないので,

 間違っても恥ずかしくない              65%

自分が誰か相手の人や周りの人に分からないので

  間違っても恥ずかしくない              62%

仮想世界の登場人物になると積極的に会話ができる.       52%

他の人から適切な表現を学ぶことができた        65%

     否定的評価(YES回答比率)

内容のある深い会話はできなかった           54%

コンピュータを介してではなく実際の会話をしてみたい. 33%

面白いとは思うが,これで英語コミュニケーション能力が

つくかどうかは疑問である                               24%

コンピュータの操作を覚えるために時間がかかった    22%

このシステムで学んだため実際の英独会話がうまくできた 8%

キーボードになじめないので,このタイプの授業はあまり

好きではない.                          0%

   授業への要望(YES回答比率)

自分と同レベルの人とやりとりがしたい         73%

自分よりレベルが上の人とやりとりがしたい       30%

他の国の人とやりとりがしたい             68%

ネイティブとやりとりがしたい             65%

システム改善の要望(YES回答比率)

空間のバリエーションをもっと増やしてほしい      76%

3次元空間のリアリティをもっと高めてほしい      59%

誤りがあれば適切な表現をシステムが教えてほしい    81%

文法の誤りをシステムがしてほしい           78%

スペルチェックをシステムがしてほしい         73%

音声が使えるようにしてほしい             32%

       

システムの評価 表1に示すように,システムの評価としては,「リアリティをもっと高めてほしい」「空間のバリエーションを増やしてほしい」とする者が多く,学習者の要求水準は高い.一方,「コンピュータの操作を覚えるのに時間がかかった」とする者は22%と少数派であり,操作性の問題はさほど大きくない.他にシステムへの要望としては,スペルや文法のチェック機能,適切な表現の教示などが挙がっている.

学習者の授業目標認知 図1は,学習者が本システムを用いた授業の目標を,「読む,書く,話す」領域ととらえていることを示す.「聞く」に関する領域を強化していくことが今後の課題の課題である.


 


  図1 学習者の授業目標認知(N=43)

 

 

 

学習者の学力進捗の自己評価 学習者が最も伸びたスキルとしてとらえていたのは,図2に示すように,コンピュータによる会話(チャット)のスキルやタイピングスキルスキルであった.つづいて,英語や独語の作文,文法,語彙能力であった.一方,リスニングスキルを伸びなかったとした者は多い.


 


図2 学習者のスキル向上の認知(N=37)

 

 

学習者特性と授業評価,発言回数の関連 内気得点の低い学生ほど,「休まずに出席しようという意欲が起こる授業である」という評価をしていた(-.38の弱い相関,p<.05).図3は,本システムを用いた英語受講者において,内気さやコンピュータスキルが,学力の進捗にどのような影響を及ぼすかを示した相関図である.すなわち,内気さとシャイネス得点の低く,コンピュータスキルが高い者ほど,授業全体を通じての発言数が多かった(相関はそれぞれ-.47, .54,いずれもp<.05).そして,事前得点から事後得点への成績の伸びは,発言数が多い者ほど大きいという傾向があった(.35).このように,本システムは,ふだん内気な者でも仮想的な世界では積極的に発言することを目指したが,仮想世界であっても現実世界で内気な者は発言が少ない傾向があった.しかし,図4に示すように,発言回数の多い者は「仮想人物の登場人物になると積極的に英会話ができる」(.51)としており,そのことに影響を及ぼしているのは,自分や周りの人が,誰か分からないので恥ずかしくないという匿名性であった.また「授業の前に会話表現を予習している」(.60)ことが発言回数を増やしていた.したがって,内気な学習者には自分の現実とはまったく異なるアバターを設定させたり,会話表現の予習をさせるなどの工夫によって,発言回数を増やすような工夫が考えられる.

       

 

        今後の課題

今後の課題としては,第1に,学習者の仮想空間内での行動解析の自動化を進め,学習者の複数の行動指標(ログ記録など)に基づいて,教育効果の個人差を説明することである.

第2は,対照群の設定である. 本システムの学習効果に関して,従来の教授方法に比較して,本システム利用の効果を測定する必要がある.

第3は,システムの教育効果モデルの構築である.

システムの特性,学習者の適性→学習行動→システム満足度→教育効果というモデルを構築することによって,システムの教育効果を高めるために,(a)学習者の個性に適応できるような学習システムを構築し,(b)システムの支援による適切な学習行動の促進し,(c)システムを用いた授業の改善による満足度の向上を検討することである.

 

文 献

足立にれか 1999 ネットワークゲーム(MUD)の教育利用 NEW教育とコンピュータ,7月号,94-95.

坂元章・磯貝奈津子・木村文香・塚本久仁佳・春日喬・坂元昂 2000 社会性訓練ツールとしてのインターネット:女子大学生のシャイネス傾向者に対する実験.日本教育工学会論文誌,24(3),153-160.

鈴木右文 2000 3次元仮想空間チャットシステムによる英語授業の試行 言語文化論究(九州大学),12,105-125.

鈴木右文 2001 3次元仮想空間チャットシステム利用の英語授業における成績算出方法について 英語英文学論叢(九州大学英語英文学研究会),51,27-38.

 

[付記]本実験授業の実施は,九州大学言語文化研究院 岡野進教授,鈴木右文助教授にお世話になりました.また野村総合研究所濱辺徹主任研究員には,3D-IESシステムの提供などのお世話になりました.記して感謝を表します.