日本教育心理学会第44回総会発表論文集, 313,2001
フラッシュバルブ記憶は加齢によって低下するのか
東海村原子力事故に関する周辺住民の記憶
楠見 孝1・大谷 肇2#・松田 憲1
(1京都大学大学院教育学研究科・2Central Michigan University)
フラッシュバルブ記憶(FBM:重大な出来事に遭遇したときの詳細記憶)に関しては,遭遇時の驚きが強い影響を及ぼす写真モデル(Brown & kulik,1977)に対して,感情やリハーサルの影響も含めた統合モデルが提唱され,その優位性が主張されている(Fikennauer, et al, 1998).一方,Cohen et al(1994)は,高齢者が若年者に比べて,FBM保持者が少ないことを指摘している.そこで,本研究では,生命に関わる重大事故に関するFBMが,加齢によって低下するのかを検討する.
方 法
協力者 第1調査は206名,第2調査は139名の協力を得た.両調査とも回答した者を分析対象とした.その内訳は東海村周辺住民61名(平均年齢 47.1歳),常磐大学生35名(20.8歳).関西地区大学生・大学関係者43名(22.9歳)であった.
調査時期 1999年9月30日のJCO原子力事故の翌月の10月と1年後の2000年10月に実施した.
手続き 質問紙法による郵送調査を行った。
FBM質問紙(FMQ) Cohen
et al(1994)を参考にして,41項目の質問紙を作成した.記憶内容の記述,確信度,重要度,感情(以上9段階),リハーサル回数(6段階)などの評定を求めた.
結果と考察
フラッシュバルブ記憶の内容 初回と2回目の15項目の記憶内容の記述を照合し,一致率を測定した.記憶が正確な項目は,ニュースを聞いた時に一緒にいた人(66%),曜日(57%),ニュースを聞く前に最後に話した相手(56%)であった.これらは手がかりや推論により再生可能な項目のため,以下の得点化からは除外した.一方,記憶が不正確な項目は,事故の日の最も鮮明な記憶(6%),ニュースを聞いたときに一緒にいた人の服装(11%),時刻(18%)であった.
フラッシュバルブ記憶保持者 FBM得点は初回と2回目の5項目(ソース,場所,活動,人,出来事)の記憶内容を照合し,1(完全一致),0.5(部分一致),0(不一致/想起失敗)で得点化した.0.9点以上をFBM保持者とするとその比率は周辺住民(18%),
図1 周辺住民の年齢段階別FBM得点分布
周辺大学生(23%),関西地区大学生(4.7%)であった.また,周辺住民と周辺大学生の年齢段階別FBM者比率は10-20代(10%),30-40代(16%),50-70代(19%)であり,加齢によってFBM保持者はやや増加していた.しかし,図1に示すように,FBM得点は加齢によって低下し,50代以上の年齢群では,低得点者が増加していた.年齢との相関は,FBM得点(-.19),怒り(.33)であった.1要因分散分析で平均評定値の比較を年齢群間でおこなったところ,時刻記憶などに対する確信度や重大性評定は高齢群が有意に高かったが,リハーサル回数やメディア接触回数には有意差がなかった.
居住地間の平均値の比較 周辺住民・学生と関西住民の平均値の差を一要因分散分析で検討した.曜日,時刻の記憶は,住民>学生>関西であり,当日の出来事記述は学生>住民>関西であった.また,事故の重大度評価,リハーサルやニュース接触回数とも住民>学生>関西であった.
結論 高齢群においても,(a)Cohenらの結果と異なりFBM保持者の比率は低下しないこと,(b)FBM得点の低い者が増えることが明らかになった. (a)の不一致は,事故が彼らの研究とは異なり,周辺住民にとって危機であったため,(b)はメディア接触頻度や感情の差ではなく,記憶能力自体の低下のためと考えられる.
[付記]本研究は大谷肇セントラルミシガン大学教授らとの共同研究の一部である.データ収集にあたり宮本聡介氏,加納真美さんにご協力いただきました.また,回答いただきました回答者の皆様に感謝します。
詳しい文献
Otani, H. Kusumi,T. Kato, K., Matsuda, K.,Kern, R.P. Widner,R. Jr.,Ohta, N. 2005 Remembering a Nuclear Accident in Japan: Did It Trigger Flashbulb Memories? Memory, 13, (1), 6 - 20.[PDF]