批判的思考 (Critical thinking)       

 
定義

批判的思考は, 推論の規準(criteria)にしたがう,論理的で偏りのない思考である。その思考は,人の話を聞いたり,文章を読んだり,議論をしたり,自分の考えを述べる時に目標指向的に働く。したがって,日常語である“相手を批判する”思考という狭い意味ではない。むしろ,自分の推論過程を意識的に吟味する反省的な思考であり,何を信じ,主張し,行動するかの決定に焦点を当てる思考である。


(1)批判的思考の構成要素
 エニス(Ennis,1987)は批判的思考の構成要素を,認知的側面である能力やスキルと,情意的側面である態度や傾向性に分けた。
 まず,批判的思考の能力(評価の規準でもある)は,つぎのように分けることができる。


(a)基礎的な明確化:明確化のための基礎的能力としては,
 1)焦点化によって,問題,仮説,主題を明確化すること,
 2)論証を分析すること(構造,結論,理由など),
 3)明確化のための疑問(なぜ? なにが重要か?事例は?など)を提起すること−−がある。

 
(b)推論の基盤の検討:推論を支える情報源としては,他者の主張,観察,以前におこなった推論の結論がある。そこで, 1)情報源の信頼性を判断したり(例:専門家によるものか? 情報源間一致度は? 確立した手続きをとっているか?),2)観察や観察報告を評価する能力が必要である。
(c)推論:推論には,演繹の判断(クラス論理学,条件式,命題の解釈など),帰納の判断,価値判断(背景事実,結果,選択肢,バランス,ウエイト,決定などの判断)の能力が関わる。帰納における判断には,1)一般化(データの典型性,網羅範囲の限界,サンプリング)の能力と,2)探索的な結論や仮説を推論する能力がある。後者には,調査(証拠と反証,説明の探索)をしたり,仮説や結論の合理性を規準(事実の説明における無矛盾性,もっともらしさなど)にてらして判断することを含む。
(d)推論後の明確化:推論後の明確化には,1)名辞や定義(同義・分類・範囲などの形式,定義の方法,多義の同定と扱い,内容など)を判断する能力と,2)(複数の論証を検討,精緻化することによって)仮説を同定する能力が関わる。
(e)方略:批判的思考の最終段階として,行為の決定(問題の定義,解決の判断のための規準の選択,他の解決策の形成,何をすべきかの仮の決定,状況全体を考慮した上での再吟味,実現のモニターなど)がある。これらはメタ認知的活動である。一方,他者との相互作用を,議論,発表,論文などを通しておこなうことも大切である。ここには,これまで述べてきた(a)-(d)のすべての能力が関わる。


 批判的思考は,(a)-(e)で述べてきた能力だけでは,十分に発揮されない。態度(傾向性)が,問題解決や読解,討論などの状況において必要である。
 批判的思考者がもつ態度(傾向性)には,
 1)明確な主張や理由を求めること
 2)信頼できる情報源を利用すること
 3)状況全体を考慮する,重要なもとの問題とずれないようにする
 4)複数の選択肢を探す
 5)開かれた心をもつ(対話的思考,仮定に基づく思考など)
 6)証拠や理由に立脚した立場をとる
−−などがある。


(2)批判的思考力の測定

 批判的思考力の教育実践を評価するためには,テストが必要である。
 テスト形式は,多肢選択テストと記述式テストに分かれる。
 多肢選択テストの内容は,推論(帰納,演繹),類推,仮説同定,論理の虚偽,論証の評価,観察,読解,信頼性の評価,情報ソースの問題(一次情報と二次情報の区別,事実と意見の区別,偏見,理由など),実験計画,文配列,数学問題における情報の十分性や関連性の判断などがある。日本にはWatson & Glasee(1964) に基づく,久原・井上・波多野(1983)のテストがある。
 一方,記述式テストでは,ある材料に対する記述をさせて,論点,理由,他の可能性,一般化,信頼性への疑問などの観点から評価する。これらは批判的思考を,現実場面に近い総合的能力として捉えることをめざしている。しかし,実施,採点に労力を要し,また,思考能力と作文スキルとの分離が難しい。そのほかの評価法としては,ディスカッションなどの場面での行動評価などもある。


(3)批判的思考力の育成

 批判的思考力を教える目的は,学習者を良き思考者(good thinker)や市民に育てることである。
 批判的思考力の育成のために,(1)で述べた構成要素である思考スキルの訓練がおこなわれている。思考スキルの訓練は,ある領域の問題解決過程の中でおこなうが,それが他の領域に転移すること想定している。批判的思考力の教授法としては,
 (a)学習者の方向づけ(訓練目標の提示,推論方略の概説),
 (b)指導(モデリング,説明,例示),
 (c)練習(サポートのある訓練とない訓練),
 (d)フィードバック(ディスカッションなど)
が含まれる。内容は,目標の設定,プランニングの方法(適切な方略,関連知識や経験の検討など),情報収集の方法(読解,ディスコースの構造やデータの情報ソースの検討),分析と解釈(適切な情報の同定,比較,評価など),作文(説明),再検討と修正(作文や利用方略の適切性の評価。これはメタ認知的スキルが関わる),転移(利用方略を他領域に一般化)などである。また,こうしたシステマティックな教授と支援で,批判的思考の能力を高めるだけでなく,態度も育成することがで

きると考える。
 また,批判的思考力育成には,ディベート,課題研究,インターネットを利用した調べ学習も関わる。批判的思考力は,学習スキル/方略、情報活用能力の育成においても重要である。


参考文献
楠見 孝   (1996)   帰納的推論と批判的思考 市川伸一編 思考(認知心理学4) 東京大学出版会 
楠見 孝 (2010) 批判的思考と高次リテラシー 楠見 孝(編) 思考と言語 現代の認知心理学3 北大路書房 pp.134-160.



[楠見 孝]

日本教育工学会 (編集) 2006 教育工学事典 実教出版 所収の項目を修正