比喩 metaphor, figurative language, trope
 たとえを用いた修辞的表現全般をさす。代表的な形式として、隠喩、直喩、換喩、提喩がある。字義通り(literal)の表現と対比される.比喩は、(言葉通りに表現できないことを的確に)伝達する機能、(新たな表現の創造による)詩的・鑑賞機能、概念や経験、思考に構造を与える機能がある。->隠喩、直喩、換喩、提喩、擬人法
文献:Gibbs,R.W.Jr.(1994). The poetics of mind: Figurative thought, language, and understanding. Cambridge University Press.
 
直喩 simile
 明喩.主題(被喩辞)がある対象(喩辞)に類似していることを、比喩指標(hedge)「ようだ、みたいな、as,likeなど」や共通基盤(ground)によって明示した比喩表現。たとえば、「心は沼のように深い」では、「ように」は比喩指標、「深い」は共通基盤である.直喩は、本来は似ていない対象間に、類似性を発見し、設定する機能をもつ。したがって、新奇な表現にも適合する。
->隠喩、喩辞、類似性、比較理論
文献:佐藤信夫(1978).レトリック感覚. 講談社.

隠喩 metaphor
 暗喩.主題(被喩辞)を、類似したたとえるもの(喩辞)に基づいて表現する比喩。比喩指標(hedge)「ようだ、みたいな、as,likeなど」はない。隠喩は類似性に依拠しているが、字義通りの類似性ではない.その類似性は、特徴類似性に依拠する特徴隠喩(眼は湖のようだ)、4項類推関係に依拠する関係隠喩(眼は心の窓だ)、類推と同じ構造類似性に依拠する構造隠喩(眼はカメラだ)、概念体系に依拠する概念隠喩(人生は旅だ)がある。
->喩辞、直喩、隠喩、比較理論、緊張理論、相互作用理論、顕著性不均衡モデル、類似性、4項類推、類推、認知言語学
文献:Ortony, A. (Ed.) (1993). Metaphor and thought. Cambridge University Press.

換喩 metonymy
 
ある対象を指示するために、それと空間的・時間的に隣接した対象で表す慣用的比喩。換喩は、発話状況や文脈における隣接関係に依拠している.たとえば、(a)顕著な対象で空間的隣接対象を指す:部分で全体(赤ずきん(をかぶった女の子))、容器で内容物(ボトル→酒)、場所や建物で機関(ワシントン、ホワイトハウス→合衆国政府)を示す。(b)顕著な事象で時間的随伴事象を指す:結果で原因(涙を流す→泣く)、原因で結果(ハンドルを握る→運転する)、作者で著作(チョムスキー(の書いた著作)をよむ)を示す。
→提喩
山梨正明(1996). 認知文法論. くろしお出版.

提喩 synecdoche
カテゴリで事例を、あるいは事例でカテゴリを指示する慣用的比喩。カテゴリの包含関係と典型性に基づく。たとえば、「花見に行く」はカテゴリ名「花」で典型例「桜」を指し、「白いものが降ってきた」は「白いもの」カテゴリで典型例「雪」を指す。逆に、「人はパンのみにて生きるにあらず」は,典型例「パン」で上位概念「食物」「物質的満足」を指す。
->換喩、典型性
山梨正明(1996) 認知文法論 くろしお出版
 
喩辞 vehicle
比喩において、被喩辞(主題)をたとえる概念、基底領域、媒体、伝達具。たとえば、直喩(隠喩)「記憶<被喩辞>はタンス<喩辞>(のよう)だ」のように、喩辞は、被喩辞よりも、既知で、顕著な特性、関係、構造、高いイメージ価をもつことが多い。
->基底領域、被喩辞、隠喩、直喩、相互作用理論、緊張理論、顕著性落差モデル、
文献:Richards,I.A.(石橋幸太郎訳)(1961)新修辞学原論 南雲堂
   
被喩辞 topic,tenor
比喩においてたとえられる主題、概念、目標領域。たとえば、「エイズ(被喩辞)は時限爆弾(喩辞)だ」のように、未知の概念や抽象概念は被喩辞として、既知の概念や具体的な概念(喩辞)でたとえて、表現されることが多い。
->目標領域、喩辞、直喩、隠喩
 
比較理論 comparison theory
 隠喩は、被喩辞(主題)と喩辞(たとえる語)の暗示的比較による類似性の陳述とする理論。たとえば、隠喩「愛は角砂糖だ」は、直喩「愛は角砂糖のようだ」の縮約形として考えられる。その理解過程は、被喩辞「愛」と喩辞「角砂糖」の比較による共通基盤{甘い,..}の発見として説明できる。モデルとしては、Tverskyの対比モデル、それを展開したOrtonyの顕著性落差モデルがある。
->対比モデル、顕著性落差モデル、緊張理論、相互作用理論、隠喩、直喩

緊張理論 tension theory
隠喩における(1)被喩辞と喩辞の間の緊張、(2) 字義的解釈と非字義的解釈の緊張、(3)類似性と非類似性の緊張に焦点を当てる理論。これらの緊張(矛盾、葛藤)によって、隠喩は新しい意味が生まれ、生きた隠喩となる.逆に慣用化した隠喩は死喩(dead metaphor)である。
->比較理論、相互作用理論、顕著性落差モデル、隠喩、直喩
文献:Ricoeur,P.(久米博訳)(1984). 生きた隠喩 岩波書店
 
相互作用理論 interaction theory 
隠喩における被喩辞(主題)と喩辞(たとえる概念)の相互作用による類似性や新たな意味の創発に焦点を当てる理論。したがって、隠喩の意味は、字義通りの表現に置き換えることはできないと考える.領域相互作用理論は、被喩辞-喩辞の領域間の非類似性が比喩の斬新さに、領域内の(構造的)類似性が理解しやすさに影響を及ぼし、両者の結果として、隠喩の適切さを説明する。
->隠喩、比較理論、緊張理論、顕著性落差モデル,創発
文献:楠見孝(1995).比喩の意味構造と処理過程.風間書房
 
顕著性不均衡モデル salience imbalance model
OrtonyがTverskyの類似性の対比モデルを比喩的な類似性に拡張したモデル。隠喩は共有特徴が少ないにもかかわらず、類似性を高く認識でき、また比喩性がある。その理由は、隠喩における被喩辞と喩辞の共有特徴の顕著性は、被喩辞よりも喩辞においてきわめて高いという不均衡がある。たとえば、「心は沼だ」の共有特徴{深い}は、「心」よりも「沼」において際だつ特徴である.その不均衡が比喩性の源になっている。一方、共有特徴の顕著性に不均衡がないのが、字義通りの類似性である。
->直喩、隠喩、顕著性、類似性
文献:Ortony, A.(1979).Beyond literal similarity. Psychological Review,86,161-180.
   
イメージスキーマ image schema
イメージ図式。知覚・運動的なパタンの反復経験が抽象化された前概念的、非命題的表象。身体性を基礎にもつ認知構造。たとえば、「内-外」、「容器」、「上-下」などのイメージスキーマは、「胸の内をさらけ出す」「悲しみで落ち込む」といった慣用句・比喩の生成・理解やカテゴリの拡張を支える。
->身体化、認知言語学
文献 Johnson, M.(菅野盾樹・中村雅之訳) (1991). 心の中の身体. 紀伊国屋書店.
   
擬人化 personification
人以外の対象(目標領域、被喩辞)を、人に関することがら(基底領域、喩辞)で表現、説明、予測する隠喩,類推。従来、幼児が用いる擬人化は、自他の未分化としてのアニミズムの現れとしてとらえられてきた。しかし、幼児が、未知の領域に関して、語彙や知識の不足に対処するために、人間に関する豊富な知識を体系的に利用する活動としてもとらえることができる。
->類推、隠喩
文献:稲垣加世子(1996).概念的発達と変化 波多野宜余夫(編)学習と発達(認知心理学5)東京大学出版会
 
メタ認知 metacognition
自分の認知過程に関する認知。自分の認知過程をコントロールするためのメタ認知的スキル(リハーサル、体制化など)とそのためのメタ認知的知識(方略、課題、自己に関する知識)に分かれる。とくに記憶に関するメタ認知であるメタ記憶は、記憶の発達差や個人差に影響を及ぼす。また、既知(未知)感、現実性識別などを支えている。メタ認知の機能は、目標や状況、自分の限られた処理資源に基づいて、プランニングをおこない、モニターしながら効率的情報処理をおこなうことにある。
->現実性識別、記憶方略
文献:楠見孝・高橋秀明(1992).メタ認知.安西祐一郎ほか(編).認知科学ハンドブック.共立出版
 
批判的思考 critical thinking       
推論の規準(criteria)や根拠に基づく、論理的で偏りのない思考。読解、議論、問題解決などにおいて自分の推論過程を吟味する反省的な思考であり、何を信じ、主張し、行動するかの決定に焦点を当てる思考である。その構成要素には、情報の明確化、推論、確からしさを評価する能力・スキル・知識と、柔軟かつ客観的で熟慮的な態度がある。
->モニタリング、メタ認知
参考文献
楠見孝(1996). 帰納的推論と批判的思考 市川伸一(編) 思考(認知心理学4) 東京大学出版会
   
創造性 creativity
オリジナルで価値あるものを生み出す能力。高次な問題解決の能力。創造性は個人特性である知的スタイル(柔軟性、非同調性、行動力、生産志向など)や、 性格特性(あいまい耐性、根気よさ、達成動機、リスク志向など)によって支えられている。創造(creation)には、(1)優れた問題発見と分析、(2)(明確な目標はないが)制約や基準、所与の情報、既有知識の利用、(3)新たなものの生成と探索、(4)現実への適用や問題解決が含まれる。
->問題解決、探索、制約、洞察、アナロジー、ジェネプロアモデル
文献 Finke,R.A.,Ward,T.B.,&Smith,S.M.(小橋康章訳)(1999). 創造的認知 森北出版
   
類似性 similarity
対象(あるいは表象)間の比較過程の結果、同一性に近づいている程度。類似性認知は、広範な認知過程を支えている。たとえば、対象間の類似性は、知覚群化、カテゴリー化、再認、隠喩・直喩処理に、刺激類似性は、学習における般化や転移に、手がかり類似性は事例や行為の想起やエラーに影響を及ぼす。
->関係レベルの類似、対象レベルの類似、対比モデル、類似の多次元尺度モデル、類似の非対称性、対比モデル、顕著性不均衡モデル、類推、写像、構造写像理論、システム性原理、構造的配列、MAC/FAC、ARCS、ACME、Copycat
文献:鈴木宏昭(1996).類似と思考 共立出版
   
因果関係 causal relationship

ある出来事が原因になって、その結果として別の出来事が起こる関係。因果関係は、出来事の共変(相関)関係、時間的順序(随伴)関係から帰納(因果推論)される。これは、世界や物語の理解、出来事の予測を支えている。さらに、知識として貯蔵され、概念関係、スキーマ、スクリプトの構成要素となる。
->帰納、因果推論、スクリプト
 
楠見 孝 印刷中 認知科学事典 共立出版 所収予定