メタファー metaphor

 広義のメタファーは,隠喩,直喩,提喩,換喩などの比喩表現全般を指す。狭義のメタファー(隠喩)は,主題(topic)とたとえる概念(vehicle)を,類似性に基づいて結びつけた比喩である。一方,換喩(metonymy)は,時間的空間的隣接性に基づく比喩(例:ハンドルを握る−>自動車を運転する),提喩(synecdoche)はカテゴリの階層関係に基づく比喩(例:白いもの(−>雪)が降ってくる)である. 

(1)メタファーの種類と処理過程

 メタファー(隠喩)は、比喩指標(例:のようだ,みたいだ)のない表現である。とくに,比喩指標のある表現を直喩(simile)として区別することもある.

 (a)特徴メタファーの処理は、たとえば,「ソフトウエア開発は階段である」では、主題「ソフト開発」とたとえる概念「階段」の間の比較あるいは相互作用によって類似特徴{ステップがある,..}を発見・生成することである。比較理論(Ortony,1979;岩山ほか,1990)は,主題語とたとえる語の(一般的知識である)特性集合の照合過程を重視し,相互作用理論(Black,1979;Utsumi et al,1998)は、主題とたとえる語が、相互作用して、共有特徴を創発し、主題の意味が変化する過程を重視する.さらに,ニューラルネットワークモデルを用いたモデル化も行われている(Sun,1995;Weber,1994).

 (b)関係・構造メタファー処理は,たとえば「変数は値を入れる箱である」では,「物を箱に入れる」物理的関係を「値を変数に代入する」プログラミング領域に転移することによって、両者間に同型な関係や構造を発見することである.関係・構造メタファーはアナロジーの一種であるため,その処理は,アナロジーの構造写像エンジン(Falkenhainer, Farbus, & Gentner,1986)のように,ベース検索や対応付けにおける構造的制約や運用的制約を用いた推論モデルで説明できる(Fass,1991; Indurkya,1992;諏訪・元田,1994). 

 (c)慣用メタファー(死喩)の処理は,メタファの言葉通り(literal)の表現への置き換え(代置理論)を,文脈情報とメタファー知識ベースによっておこなうことである(Carbonell,1980;Hobbs,1979).認知言語学者Lakoff(1987)は,慣用メタファが概念に構造を与えることを主張している.たとえば、「ソフト開発は競争である」という概念メタファーでは,「スタート」「ゴール」「勝つ」といった語彙が体系的に使われ,説明や他の比喩を生成している(Clausner & Croft, 1997).ここでは,概念メタファーが知識ベースに蓄えられていると考える(Martin,1990,1993).さらに,慣用メタファーには(身体経験や知覚運動パタンを抽象化した)イメージスキーマの構造に支えられているものもある.たとえば,「計算量が爆発する」は,<入れ物>のイメージスキーマ(Johnson, 1987; Lakoff, 1987)を,計算のためのメモリ領域に写像することによって理解している.さらに,プログラミングにおいては,<部分−全体>のイメージスキーマは「構造」の理解,<連結>のイメージスキーマは「関係」の理解において重要な役割を果たしている.

  (2)メタファーの機能 

 第一の伝達機能は、コミュニケーションにおいて、相手の既有知識を利用したたとえを用いて、わかりやすい記述や説明をおこなうことである。たとえば、ソフトウエアの開発者は,「空間やエージェント,人の認知機能」のメタファー(例:マップを思い描く.エラーを起こすものを監視する)を用いてコンピュータの機能について思考し,他者に伝達する(Weitzenfield et al,1992).また,ユーザインタフェース設計において,デスクトップメタファーは,使いやすく,美的で,一貫性のある表示を支えている.さらに、メタファーは、言葉通りに表現できない暗黙知の伝達、簡潔あるいは婉曲的なコミュニケーション(たとえば皮肉)において利用されている。

 第二は概念を構造化したり,理論を構築する機能である.たとえば,人工知能は,"コンピュータは脳である"(大前提)."思考は計算である"(小前提)","人工知能はコンピュータに(知能,エキスパートの特徴をもった)心の実装をめざす"(結論)といったメタファーから出発し、研究を推進してきた.すなわち,メタファーの変化が理論やパラダイムの変化を支えている. 

 第三の概念の拡張・変化,創造機能は、新しいメタファーが,概念を拡張したり,変化させることである.メタファーによる創造は,発想支援システム(折原,1995)に利用でき,文学,絵画,広告などの作成や鑑賞にも関わる. 

(3)メタファーの危険性

 メタファは,(2)で述べた強力な機能をもち,日常言語,概念,思考,理論に浸透しているため,以下の主な危険性がある.

  第一に、主題とたとえる概念の対応部分が、明示されていない場合、人は間違った推論や一般化をする危険がある。たとえば、「思考を計算とみなす」メタファーにおいて、計算ではとらえられない思考を見逃す危険がある。 第二に、メタファーは実体化されたり,ドグマ化される危険がある。たとえば、人工「知能」というメタファーは、人工知能に脳メタファを導入し,人間の特徴を実現させようとすることに,疑いをもたなくなる危険がある.

  (4)メタファーの評価基準 

 第一に、メタファーは正確なコミュニケーションや推論を導くものでなければならない。そのためには、たとえる対象が、利用者にとって、既知の構造化された知識であり、主題と重要な部分が対応し、正しい理解,推論や予測を引き出さなければならない。そのためには、適切なたとえる対象の選択,正当化のプロセスをへて,さらに,適用範囲や限界を示す必要がある。第二は、体系的な説明や予測を生み出すパワーや,新たなものや美的なものを生み出す面白さである(Gentner & Grudin,1985)。一方で,解釈や利用にともなうコストも考慮する必要がある.

->類推、認知言語学,概念、知識、推論,言語理解,言語行為,語用論,照応 [楠見孝]

認知科学事典 共立出版(印刷中)所収