報告書「コアカリキュラム(文学分野)の研究開発(中間報告)」九州大学文学部
1-2(1)-8~1-2(1)-19
1999.2.18
米国の大学における思考力育成の授業とその方法
京都大学 楠見 孝
1.はじめに
本稿では,米国の高等教育における思考力の育成に焦点を当てた教育について解説する.なお,思考力の育成はあらゆる学習段階においても重要な問題であり,初等,中等教育,さらには社内教育においても行われている.
高等教育では,大きく分けて,(1)一般教育的な科目(Thinking Skills, Critical Thinking, Communication, Writing, Rhetoric, English, Freshman Seminarなど)において学習スキル,読書スキルなどとも関連する教育と,(2)各専門教育における入門的科目で,学問の方法論や思考法を支えるものとして教授されている.とくに,哲学,心理学,経営学,医学,看護学など各分野の入門教育において,批判的思考は重視され,実践的研究も多い.ここでは,(1)の一般教育科目としての思考技術教育を中心に検討していく.
2.思考技術とはなにか:批判的思考の重視
すべての学問分野を越えて,必要とされる思考技術や能力として,位置づけられているものが,批判的思考 (クリティカルシンキング:Critical thinking)である.したがって,思考技術育成の授業名は"Critical thinking"という名前がはいっていることが多い.ここでは,学習スキル/方略情報活用能力の育成も含まれている
ここで,主に取り上げる批判的思考は, 推論の規準(criteria)にしたがう,論理的で偏りのない思考であるその思考は,人の話を聞いたり,文章を読んだり,議論をしたり,自分の考えを述べる時に目標指向的に働くしたがって,日常語である“相手を批判する”思考という狭い意味ではないむしろ,自分の推論過程を意識的に吟味する反省的な思考であり,何を信じ,主張し,行動するかの決定に焦点を当てる思考である(楠見,1995).
3.批判的思考の構成要素
批判的思考の構成要素は,認知的側面である能力やスキルと,情意的側面である態度や傾向性に分けることができる(Ennis,1987).
まず,批判的思考の能力(評価の規準でもある)は,つぎのように分けることができる
(a)基礎的な明確化:明確化のための基礎的能力としては,
1)焦点化によって,問題,仮説,主題を明確化すること,
2)論証を分析すること(構造,結論,理由など),
3)明確化のための疑問(なぜ?なにが重要か?事例は?など)を提起すること--が ある
(b)推論の基盤の検討:推論を支える情報源としては,他者の主張,観察,以前におこなった推論の結論があるそこで,
1)情報源の信頼性を判断したり(例:専門家によるものか? 情報源間一致度は? 確立した手続きをとっているか?),
2)観察や観察報告を評価する能力---が必要である.
(c)推論:推論には,演繹の判断(クラス論理学,条件式,命題の解釈など),帰納の判断,価値判断(背景事実,結果,選択肢,バランス,ウエイト,決定などの判断)の能力が関わる帰納における判断には,
1)一般化(データの典型性,網羅範囲の限界,サンプリング)の能力と,
2)探索的な結論や仮説を推論する能力がある後者には,調査(証拠と反証,説明の探 索)をしたり,仮説や結論の合理性を規準(事実の説明における無矛盾性,もっと もらしさなど)に照らして判断することを含む
(d)推論後の明確化:推論後の明確化には,
1)名辞や定義(同義・分類・範囲などの形式,定義の方法,多義の同定と扱い,内容 など)を判断する能力と,
2)(複数の論証を検討,精緻化することによって)仮説を同定する能力が関わる
(e)方略:批判的思考の最終段階として,行為の決定(問題の定義,解決の判断のための規準の選択,他の解決策の形成,何をすべきかの仮の決定,状況全体を考慮した上での再吟味,実現のモニターなど)があるこれらは自他の認知過程をより高いレベルから反省するメタ認知的活動である.一方,他者との相互作用を,議論,発表,論文などを通しておこなうことも大切であるこれはとくに,授業の中で,重視される活動であり,これまで述べてきた(a)-(d)のすべての能力が関わる
批判的思考は,(a)-(e)で述べてきた能力だけでは,十分に発揮されない態度(傾向性)が,問題解決や読解,討論などの状況において必要である
批判的思考者がもつ態度(傾向性)には,
1)明確な主張や理由を求めること
2)信頼できる情報源を利用すること
3)状況全体を考慮する,重要なもとの問題とずれないようにする
4)複数の選択肢を探す
5)開かれた心をもつ(対話的思考,仮定に基づく思考など)
6)証拠や理由に立脚した立場をとる
--などがある
4.思考力育成教育の方法
批判的思考力を育成する目的は,学習者を良き思考者(good thinker)や市民に育て,さらに,専門教育をうけるための知識や学習スキル/方略情報活用能力を身につけさせることにある
思考力育成の教育の内容は,大きくわけると「分析,実践,創造」である.別紙資料のシラバス例(A,B,C,D)で示したように,詳しいテキストとワークブックを用いて,講義と演習によって行われている(さらに,教師用のガイドブックもある).方法としては,知識・技法の教授,訓練,討論,読書,ビデオなどの視聴を組み合わせて用いている.なお,(授業の一部である)討論セッションへの出席,ホームワーク(宿題),グループワーク,小テスト(クイズ),レポート,期末テストが単位取得のために求められている.授業の実施には,ティーチングアシスタント:TA(大学院生)の協力が不可欠であり,彼らは,(講義と併せて学生の受講が義務づけられている,大規模クラスを分割した20人弱の)討論セッションをリードしたり,ホームワークやテストの採点,学生への質問への対応を担当する.
以下,主な方法を紹介する.
(1)知識の教授
合理的知識を教えることを通して,批判的思考,創造的思考のためのフレームワークとして方略やスキルを学習する.そして,原理,方法,説明の重要性や,批判的に思考し,疑問を提起し,他者の意見に耳を傾け,協調する態度などを養う.
たとえば,Lipman(1987)やシラバスを参考に,各専門領域の知識の教授を通して,形成されるスキルや能力を考えてみる.
国語(英語):読解,作文,発表のスキル.
論理学:形式論理,非形式論理のスキル
哲学:概念分析のスキル
外国語:翻訳スキル,外国語による発表,討論,作文スキル,異文化の視点の理解
科学:科学的探求(仮説検証)のスキル
統計学:数値化,推計,確率,意思決定に関する理解
歴史学:批判的思考(証拠を分析,比較し,整合性を検討する)スキル
文学:プロットやテーマの分析,批判のスキル.創造のスキル.古典の理解.
芸術:芸術作品の様式を分析するスキル,創造するスキル.伝統文化の理解.
心理学:人間の情報処理,認知のバイアスの理解
マスメディア学:メディアリテラシー(メディア分析の技法)
情報教育:コンピュータリテラシー(情報活用スキル:インターネット,
データベース,電子メールなど)
(2)スキル・方略の教授と訓練
批判的思考力の育成のためには, 3で述べた構成要素である思考スキルの訓練がおこなわれている.思考スキルの訓練は,ある領域の問題解決過程の中でおこなうが,それが他の領域に転移すること想定している
批判的思考力の教授法としては,
1.学習者の方向づけ(訓練目標の提示,推論方略の概説),
2.指導(モデリング,説明,例示),
3.練習(サポートのある訓練とない訓練),
4.フィードバック(ディスカッションなど)
が含まれる
その内容には,以下のものがある(Quellmalz,1987).
1.目標の設定,プランニングの方法(適切な方略,関連知識や経験の検討など),
2.情報収集の方法(読解,ディスコースの構造やデータの情報ソースの検討),
3.分析と解釈(適切な情報の同定,比較,評価など),
4.作文や説明(プラン,下書き,推敲)
5.再検討と修正(作文や利用方略の適切性の評価.これはメタ認知的スキルが関わる), 6.転移(利用方略を他領域に一般化)
すなわち,こうした訓練の目標は,与えられた問題を解くだけでなく,自分の問題を分析できるようにすることである.
なお,訓練技法には,他にも多くのものがあるが,その内容は,類似している.たとえば,認知心理学者Bransford & Stein (1990)のIDEAL法では
I= Identification of problem:問題を同定する
D= Definition of problems:問題を定義する.着眼点を変えてみる.
E= Exploration of strategies:問題を解決するための方略の探索する.複雑な問題は分 割してみる.逆から考えてみる.今までに学んで知識を活用する.
A&L= Acting on Ideas and looking for the effects:実行して,効果を評価する.
という5つのステップの技法を教授訓練する.
とくに,推論スキルの育成は,重視されており,その要素としての「分析,比較,推論,評価」は,表1に示すように,人文科学,社会科学,自然科学を通して共通している(Quellmalz, 1987).
表1 3つの領域における推論スキルの適用(Quellmalz, 1987)
文学 社会科学 自然科学
分析 ディスコースの 主張や出来事の 生物,物質のプロセス
構成要素 構成要素 や素性
比較 意味,主題,プロット 社会経済的 対象の特徴
因果
推論 因果における 予測,仮説,結論 予測,仮説検証,説明
登場人物の動機 結論の導出
評価 意義,重要性 主張,決定,報告の 発見事実の重要性
明瞭性 重要性
以上のようなシステマティックな教授,訓練と支援は,批判的思考の能力を高めるだけでなく,3で述べた批判的思考の態度も育成できると考えている.すなわち,批判的思考力の教授において大切なことは,最善の方略や技法を修得させることよりも,学習者の適性や問題の性質に応じて,柔軟に方略を活用できるようにすることである(Sternberg, 1987).
(3)読書
読解は情報収集の大きな部分を占めており,さらに批判的思考を働かさなければならない活動である.したがって,読解テストは批判的思考力の評価にもしばしば用いられる.したがって,批判的読書(critical reading)のための訓練は重要な位置を占めている.その目標は,受動的,受容的な読書ではなく,能動的で,テキストとの相互作用的な読書(interactive reading)である.一番の問題点は,学生は自覚的にならないと能動的な読解はできない点である.したがって,(2)のような思考の技法を学習してから,それを用いて,著者の主張を分析したり,評価する形で行われる.ここでは,ノートテイキングや要約の技法の修得なども含まれる.たとえば,
(a)新聞の記事,社説などを用いて,客観的証拠や対立した意見に着目して,分析をお こなう.
(b)文芸批評作品に対して,反対の立場で分析させ,エッセイを書かせる.
(c)研究報告や論文の読解においては,チェックリスト(例:問題設定が明確か,キイ ワードが定義されているか)に照らして,それを評価する(Metzoff, 1997).
これらは,テキストのすべてを注意深く読むことが大切なのではなく,重要なポイントを発見し,適切に時間配分をおこない,速読と的確な読みを両立させることが大切だからである.
なお,読解は,(5)の作文や(6)のクラス討論と併せて,実践することが多い.
(4)ビデオ,テレビ,映画などの視聴
テレビ番組,映画などのメディアを見る目を育成することは,良き市民を育てる教育として重視されている.その理由は,テレビをはじめとするマスメディアを通した情報が,私たちの思考や行動に及ぼす影響は大きいからである.実践としては,ビデオで,停止,巻き戻しなどで分析的視聴をおこないながら,内容,映像の技法などについて考えることが必要である.このような実践では,メディアを評価する分析シートを用いることが多い.なお,授業科目名が"Communication"の場合は特に,メディアリテラシ(メディアの解読能力)の育成が重視されている.メディアリテラシを支えるのは,批判的思考力や主体的な態度である.とくに,教育実践においては,マスメディアにおける人種,性,職業などのバイアスや,現実と脚色の問題などに焦点を当て,(6)の討論と組み合わせることが多い.すなわち,受動的になりがちなメディアの視聴は,内省だけでなく,対話や討論によって能動的に学ぶことが大切である.その他の具体例としては以下のものがある,
(a)文学に関しては,文学作品とその映画化,テレビドラマ化を比較して,テーマや人 物の描き方,効果などの違いを検討する.
(b)歴史では,史実とドキュメンタリー,ドキュドラマ,映画を比較し,映画技法を検 討する.
さらに,最近では,新しいメディアであるインターネットを用いた情報活用能力の育成も重視されている.
(5)作文
作文は,分析的思考と自己表現力,創造性を育成する活動として重視されている.宿題あるいはレポートして,出題され,教師やTAに添削され,フィードバックされる.Wade(1995)は,6つのテーマに関して,作文実習を実施して,討論実習と効果を比較したところ,作文は,反省的思考や,ある立場に立った論理や主張について考察する時間が長く,批判的思考の獲得に優れるという結果を得ている.なお,授業科目名は, "Critical thinking and writing"(資料C)"Thinking through writing"(資料D)や"English"の場合は,この方法に重点が置かれている.UCLAで用いられている作文指導の実例では以下のポイントを上げている(Davis et al, 1983).
(a)テーマは,刺激的で論争の的になっているトピックを出題する
(b)学際的な載エiマを出題して,ほかのコースで学んだ内容やスキルを結びつけること を促す.
(c)5-6個のトピックから学生が,興味のあるものを選択できるようにする
(d)(4)で述べたグループ・プロジェクトの成果として,報告書をまとめさせる.こ の場合には,ブレーストーミング(創造的集団思考法)が活用させる.
なお,日本における言語技術教育や表現法などの,レポートや論文の作成法の教育はこれに近いと考えられる.
(6)討論
討論には,(a)クラス討論の形で,講義形式の授業の後半部分で自由討論をおこなったり,代表者数名が異なる観点から,個人発表をしたあとで,全体討論をしたり,(b)グループ討論の形で,グループに分かれて,準備をして,討論をおこなう等の形式がある.いずれも,教師による有意義な問題提起と,学生の反応を引き出す工夫が必要である.こうした討論を用いた授業は,批判的思考力に加えて,コミュニケーションスキル,能動的な聞き取り(active listening)スキルの育成を目指している.
ここでは,一番最後に挙げた構造化された討論の授業についてついて述べる.UCB(カリフォルニア大学バークレー校)の実例(Davis, Wood, & Wilson, 1983)では,
(a)各回の授業の討論のための問題(4-8個)をあらかじめ,シラバスに掲載しておき, 学生に討論の準備をさせる,
(b)クラスを6-8人の小グループに分割する,
(c)討論のリーダを順番に割り当てる--などの工夫をして,討論が活発になるように している.
討論を授業で行うときに,難しいのは,時間の配分である.UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校で用いられている「討論による学習法(Learning Through Discussion:LTD)」(Rabow, Charness, Kipperman, & Radcliffe-Vasile, 1993)法では,60分の討論の進め方の具体的な進め方として次のような手順を示している.
1. チェックイン(2-4分):メンバーがお互いに自己紹介する.
2. 用語,概念の定義(3-4分):教材の中の初出用語,難解用語をリストアップする.
それらの用語の定義,説明,事例の列挙を相互にする.必要ならば専門用語事典な どで確認する.
3. 著者の主張の把握(5-6分):著者の主要な主張を把握する.リーダーの説明が不十 分な時は,他のメンバーが補ったり,自分たちの言葉で言い換えたりする.
4. 討論テーマの同定(10-12分):3-4個以下の重要な討論テーマを同定し,著者の主張 に基づいて討論を進める.
5. 教材の他の研究への適用(15-16分):異なる領域,異なる著者の研究に当てはめて, 考察し,知識を拡大する.
6. 教材を自分,自分を取りまく社会に当てはめて考察(10-12分):理論,知識を実践 に結びつけることによって,その意義を把握する.
7 .著者に対する評価(3-4分):批判的思考力を働かせて,教材を評価する.
8.グループそして各自の評価(7-8分):このステップは省略されがちであるが,批判的 思考力を育てるために不可欠である.たとえば,以下のチェックポイントが考えら れる.
(a)議論は問題をカバーしていたか? 著者の主張は把握できたか?
(b)どの点でグループ内で合意に達したか? 相違点はどのように解消されたか?
(c)問題はさらなる明確化が必要であったか?
(d)誰の貢献が大きかったか,もし貢献しなかった人はなにが原因だったのか?
討論を通した学習の前提条件として以下の事項を挙げている.
(a)学生は,与えられた教材(reading assignment)(1章や論文,記事など)を予習して きている.
(b)教材は学生にとって適切なものでなければならない
(c)集団討論は協同的な学習経験として位置づける
(d)すべてのメンバが必ず出席し,討論に参加する
(e)討論は楽しいものでなければならない
(f)討論の過程と個人の参加が,評価の基準である.
とくに予習の段階で学生に求められるのは以下の事項である.
1.未知の概念を書きだし,定義する.
2.著者の主な主張を書き出す
3.主要なトピックを同定する
4.主要なトピックに関して考察する
5.教材の情報を他の知識と統合する.
6.教材の情報を他の分野への応用を考える
7.著者(教材)を評価する
こうした討論を通して身につける役割やスキルとしては以下のものがある.
トピックの討論に関しては
1.討論の口火を切る.
2.情報を提供したり求めたりする
3.他のメンバが情報を共有しているかどうかを確かめ,そうであれば,他のメンバは
反応をする
4.他のメンバの主張に対して例を挙げる
5.他のメンバの主張に反論したり,現実に照らして検証する.
6.議論を明確化,統合,要約する.これは他のトピックに進むために大切である.
討論による学習全体に関しては討論リーダーに特に求められるスキルとしては,
1.討論の流れをコントロールする
2.時間進行をコントロールする
3.評価をおこなう
--がある.
なお,授業科目名"Communication Skills"(資料C)では,討論を支える論理や技法に焦点が当てられている.その訓練として用いられる,ディベートに関しては,形式化された方法とルールがある(たとえば,松本,1987).また,その目的は,思考力だけでなく,情報収集やプレゼンテーション,討論などの能力の育成もふくむ実践的な能力の育成である.
(7)グループプロジェクト
グループプロジェクトは,4-6人程度のグループで,討論をしながら,プロジェクトを進める方法である.ここでは,(3)のグループ討論で育成するコミュニケーションなどのスキルに加えて,問題解決や意思決定,創造のスキルの形成も目指すものである.これらは,総合的学習であり,共同研究の現場や職場での実践的能力とも結びつく.
プロジェクトのテーマ設定には,ブレーストーミング(創造的集団思考法)で,プロジェクト案を練り上げるなどの活動が有効である.これと類似した方法として,我が国のKJ法は,多くのアイデアをグルーピングしてテーマをまとめ上げていく活動に有効である.グループプロジェクト型授業における教師やティーチングアシスタントの役割としては,以下の事柄が考えられる.
1.基本的な知識や方法についての入門的講義
2.時間や設備の制約などを考慮したテーマ設定のアドバイス
3.グループの進行の評価,仕事分担の調整,アドバイス
また,Jigsawクラス法では,あるテーマに関して,グループごとにプロジェクトを進めて,その内容が蓄積した段階で,こんどは,グループをすべて,組み替えて,新しいグループを作る.そこで,各メンバーは元のグループで得た知識を相互に提供しあう.そして,また元のグループに戻りプロジェクトを進めるという方法をとる.
最近の動向としては,討論をコンピュータ上のメーリングリストや電子掲示板を使い,ホームページ上に収集した資料や成果を公開して,リソースを共有する方法がある(三宅・益川,1999).
なお,我が国でもグループ研究は,理工学系の高等教育では,自由実験,創造設計として,従来から行われており,また,「課題研究」は,我が国の中学,高校においても重視されつつある.
(8)ゲーム
ゲームは,架空状況における個人または共同による問題解決によって,問題解決能力や意思決定能力,対人関係能力などの実践的能力を訓練する活動である.構造化された活動・経験(structured activity, structured experience, experiential leaning)と呼ばれるように,模擬経験を通して,技能や知識を能動的に学習するためのプログラムである.さらに,人間関係の能力も養成できる.この手法は,経営大学院(MBA)や企業内研修で用いられることも多い.とくに,特定スキル訓練では,プレゼンテーションの技法や,(共同問題解決を通して)会議や合意形成の技法,(ブレーンストーミング,KJ法などの)創造の技法を訓練したりする.また,シミュレーションゲームのように,現実場面に近い状況での訓練もある.
大まかな手順は,
1.ゲームの目的の説明:どのような技能や知識の獲得をめざすのかという目的やテーマ,ポイントを明確にし,自覚的に活動できるようにする.
2.経験:演習 教員はゲームを観察し,必要に応じて促進したり,参加しない学生がいないように気を配る.
3.意見・感想交換:ゲームに参加して,そのプロセス,内容などについて気づいたことを出してもらう.
4.一般化:3で出された意見から,普遍的,現実的に利用できる知識やルールを導出する.不足があれば,教員が補う.
5.適用:学生が自らの学習活動に生かす.
以上,批判的思考力育成のための方法を挙げたが,これらは,単一に使われるよりも,組み合わせて用いられている.たとえば,グループプロジェクトでは,グループ討論によるテーマの設定,メンバー各自の読書,報告書の作成といった流れとなる.
5.批判的思考力の測定
批判的思考力の教育実践を評価するためには,テストが必要である
テスト形式は,多肢選択テストと記述式テストに分かれる
多肢選択テストの内容は,推論(帰納,演繹),類推,仮説同定,論理の虚偽,論証の評価,観察,読解,信頼性の評価,情報ソースの問題(一次情報と二次情報の区別,事実と意見の区別,偏見,理由など),実験計画,文配列,数学問題における情報の十分性や関連性の判断などがある日本にはWatson & Glase(1964) に基づく,久原・井上・波多野(1983)のテストがある
一方,記述式テストでは,ある材料に関する記述をさせて,論点,理由,他の可能性,一般化,信頼性への疑問などの観点から評価するこれらは批判的思考を,現実場面に近い総合的能力として捉えることをめざしているしかし,実施,採点に労力を要し,また,思考能力と作文スキルとの分離が難しいそのほかの評価法としては,ディスカッションなどの場面での行動評価などもある
6.まとめにかえて:大学による差異の問題
本稿で概観した,一般教育的な思考技術関連の科目を設置しているのは,短期大学,コミュニティカレッジが多く,とくに,学習スキルなども含めて1年生向けの科目として教授されている.これは,様々な背景をもつ学生,そして,学習スキルを身につけていない新入生への大学への入門教育として意味を持つためである.また,大学教育の目標が一般教育,良き市民の育成にあるためと考えられる.一方,研究大学と呼ばれるHarvard大学, Yale大学などではこの種の独立した科目は見あたらない.これらの大学では,成績上位の入学者を受け入れているため,彼らが中等教育まででこれらのスキルを十分獲得していること,さらに,学問領域ごとの専門教育への志向が強いためと考えられる.なお,これらの大学では専門科目の入門科目の中でこれらの思考技術に関する事柄が教えられている.
なお,批判的思考力の育成は,我が国の初等・中等教育でも盛んになりつつあり,言語技術教育,ディベート,課題研究,インターネットを利用した調べ学習,情報教育などとして実践されている.それらを,知識重視型の受験教育のなかで,根付かせるためには,そうした初等・中等教育との実践との連続性を考慮に入れつつ,大学教育における専門教育との橋渡しとなる批判的思考力のカリキュラムの開発が必要と考える.
7.主な参考文献
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Bransford, J. & Stein, B. (1990) 頭の使い方がわかる本 HBJ出版
Davis, B. G., Wood, L., & Wilson, R. 1983 授業をどうする!カリフォルニア大学バーク レー校の授業改善のためのアイディア集. 東海大学出版会
Ennis, R. H. 1987 A taxonomy of critical thinking dispositions and abilities.
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楠見 孝 1995 帰納的推論と批判的志向 市川伸一(編)思考(認知心理学4)東大出 版会
Lipman, M. 1987 Some thoughts on the foundations of reflective education. In J. B. Baron &
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松本 茂 1987 英語ディベート実践マニュアル バベルプレス
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